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その話は唐突にリヴァイから持ち掛けられた。
自分から何処かに行こうと滅多に誘ったりしないのにとジャンは不思議に思う。
休息日に執務室に呼ばれたジャンは私服のままでリヴァイの元に向かった。
ドアをノックすれば、何時もの声がする。
ジャンが自分の名を名乗れば、「入れ」という何時もの返事があった。
私服を整えているリヴァイを見て、ジャンは首を傾げる。
「あれ? 何処かに行くんですか?」
「お前も付き合え」
どうせ兵舎にいてもコニーと他愛ない話をするだけだ。
特に何かする用事もなかったのでジャンはリヴァイの言葉に従った。
何処に行くのかと尋ねると簡単に「街だ」と一言だけ返される。
「何か買いに行くんですか?」
「いや、頼んでいたものが出来上がったらしいからな」
こうしてリヴァイと一緒に街を歩くなんて初めてかもしれない。
今は待ちも平穏を取り戻しており、道を行き交う人も多い。
リヴァイの姿を見失わないようにとジャンはリヴァイの後ろを歩く。
何度か人と肩がぶつかったりして、少し見失いそうになった。
そんなジャンに気が付いたのだろうか。
後ろを振り返るとリヴァイはジャンの手を握る。
「へ、兵長!?」
「迷子になられると面倒なんだよ」
繋いでいる手からリヴァイの温もりが伝わってくるのがジャンには嬉しい。
どんな名目であっても、こうしてリヴァイの傍にいることが許されているのだ。
自分の手とは違い、ゴツゴツした武骨なリヴァイの手がジャンは好きだった。
「何、ニヤニヤしてんだ」
「え? ニヤニヤしてました?」
「気持ち悪いくらいにな」
ついつい嬉しいというのが顔に出てしまうようだ。
好きな人間と一緒にいれるということが嬉しくないわけがない。
口元が緩んでしまうのを隠すようにジャンは繋いでいない方の手で口元を隠した。
ギュッと握っている手に力を込めるとリヴァイも同じようにしてくれる。
これが嬉しくないわけがないだろう。
「兵長、俺って幸せ者です」
「あ? お前の脳内は花畑でもあんのか?」
「兵長と一緒なら、何時も花畑かもしれませんね」
そのジャンの言葉にリヴァイは呆れたように小さく息を吐いた。
呆れられていようが、幸せだと感じるものは仕方がない。
目的の店に着いたらしく、リヴァイは足を止める。
何の店かとジャンが看板を見遣ると様々な装飾品を扱う店だった。
リヴァイが装飾品を頼んでいるのは何だか意外だ。
店のウィンドウには色んな装飾品が並んでいる。
「待ってろ」
「え? あ、はい…」
「知らねェヤツに声を掛けられても一緒に行くんじゃねェぞ」
それだけ言うとリヴァイはジャンの言葉を待つことなく店に入っていった。
年齢の差があるので子ども扱いをされるのは少しは仕方がない。
しかし、やたらと子ども扱いされると不安になってしまう。
自分とリヴァイが釣り合っているなんて一度も思ったことがないから。
好きでいるのは自分だけなんじゃないかと思うこともある。
普通に考えてみるとリヴァイが自分なんかを好きでいてくれる理由なんてないから。
『ヤベ、泣きそう…』
時々、こんなことを考えては不安になるのだ。
リヴァイは自分の我侭に付き合ってくれているだけなのではないだろうかと。
可哀想だと思って、自分を傍に置いているだけなのではないかと…。
「どうした?」
「買い物、終わったんですか?」
何でもなかったかのようにジャンは笑ってみせた。
先程まで浮かれていた気分が嘘のようだ。
リヴァイの顔を見るだけで苦しくて、泣きそうな気分になる。
先程と同じように手を握られそうになったとき。
ジャンは無意識のうちにリヴァイの手を振り払ってしまった。
流石にリヴァイも驚いたようだ。
「あ、スイマセン。 何でもないです」
上手く笑えているだろうかと思いながら、ジャンはリヴァイの手を握る。
不自然に引き攣ったりしていないだろうかと不安になった。
それに気付いているのか気付いていないのかリヴァイの表情からは分からない。
「もう1つ、行きてェとこがある」
「イイですよ! 次は何処ですか?」
出来るだけ明るく楽しそうにジャンは振る舞う。
そうでもしていないと、リヴァイに泣きついてしまいそうだったから。
先程は会話がなくとも大丈夫だったのに今は無言になるのが怖い。
だから、ジャンは他愛もないことを一人で一方的に話しかける。
時々ではあるが、ジャンの話にリヴァイも相槌を打ってくれていた。
「此処だ」
連れて来られた場所は今までの戦いで死んでいった兵士の慰霊碑のある場所。
こんなところに来た意味が分からずにジャンはリヴァイを見つめる。
人通りも少なく、雑踏すら聞こえない。
時折、風が木々を揺らす音が聞こえてくるだけ。
慰霊碑には誰かが供えたであろう花が風に吹かれる度に柔らかく揺れる。
「俺は無神論者でな…」
「そうなんですか…」
そういえば、自分はリヴァイのことが好きだというだけだなと思った。
無心論者であることだって、リヴァイが教えてくれたから知る。
好きっていうだけで何も知らないんだと情けなくなった。
「そんな俺が教会に行くのも変だろ」
「え? まぁ、そうかもしれませんね…」
「だから、此処しか思い付かなかったんだ」
一体、リヴァイは何が言いたいんだろう。
よく意味が分からなくて、ジャンは小さく小首を傾げた。
それからリヴァイはポケットから箱を出し、その箱の中身を取り出す。
ジャンには小さなものだということしか分からない。
唐突に「手を出せ」とリヴァイに言われて、ジャンは慌てた様子で右手を出した。
「逆だ…」
「え? あ、はい!」
まさかの指摘にジャンは左手をリヴァイのほうに差し出した。
差し出された左手をリヴァイは左手で支え、ジャンは意味が分からずに首を傾げる。
それからリヴァイは支えているジャンの左薬指に指輪を嵌めた。
「え…?」
「テメェも嵌めろ」
それだけ言うとリヴァイはジャンに箱を渡す。
箱を開けると、その中には指輪があった。
リヴァイが左手を差し出してくるので同じように薬指に指輪を嵌めようとする。
緊張のせいなのかジャンの手が小刻みに震えた。
震える手でゆっくりとリヴァイの薬指に指輪を嵌める。
デザインはジャンの指に嵌められているものと同じだった。
「…少しはマシか?」
「あの…、何が、ですか…?」
「俺に愛されてるっていう自信がついたか聞いてんだよ」
思ってもいないリヴァイの言葉にジャンは言葉を失ってしまう。
少し困ったような顔をしたリヴァイは「泣いてんじゃねェよ」とジャンの目元に触れた。
全く意識はしていなかったが、自分は泣いているらしい。
目頭が熱くなって、ジャンはポロポロと涙を零す。
こんなに泣いてしまったら、リヴァイが困ると分かっているのに。
涙を止める術が見つからないまま、ジャンは「ゴメンナサイ」と小さく謝った。
「テメェが謝る必要なんかねェ。 俺が不安にさせてたんだ」
何て自分は馬鹿だったんだろうとジャンは思う。
この人は、こんなにも自分のことを大事にしてくれているというのに…。
それを信じることもせずに一人で不安になって、一人で泣きそうになっていた。
ジャンがギュッとリヴァイの身体を抱き締めると背中にリヴァイの腕が回される。
涙を零しながら、ジャンは何度も「ゴメンナサイ」と繰り返した。
「結婚はしてやれねェが、死ぬまでテメェの傍にいてやる」
「はい…」
「だから、テメェも死ぬまで俺の傍にいろ」
「はい」
プロポーズみたいだと思いながら、ジャンはリヴァイにキスをした。
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