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その光景を見かけたのは偶然に過ぎない。
何時ものメンツであるサシャとコニーと出掛けた先にエルヴィン団長がいた。
時間から考えて、遅めのランチをしているようだ。
エルヴィン団長の前に座っているのはリヴァイ兵長ではなかった。
憲兵団師団長のナイルさんがコーヒーを啜っている。
無意識にトキメいた自分がキモイ…。
「ジャン、どうかしたんですか?」
「何でもねェし…」
「あー、分かった! 屁でもしたんだな?」
「俺を芋女と一緒にすんな」
「ちょっ…! 私は人前でしたことありません!」
コニーの言葉に反論してくるサシャの声で団長が俺たちのほうを向く。
それに気付いたナイルさんは此方へと視線を向けた。
姿を見るだけでドキドキするとかマジでキモイ。
視線が合ってもナイルさんは特に気にした風でもなくカップをソーサーに置く。
何で俺だけが動揺してるんだろうと思い、少しイラッとした。
団長が喋っているのを聞きながらも意識はナイルさんに向いている。
「団長たちは、よく此処に来るんですか?」
「昔からの顔馴染みでね」
「何が美味しいんですかね?」
そんなサシャたちの会話も右から左に抜けていく。
特に俺たちに話し掛けることなく、ナイルさんは呑気に欠伸をしていた。
ナイルさんが少し動くたびに気にしている自分が気持ち悪い。
「折角だから、何か食えば?」
欠伸で涙の滲んだ目を擦りながら、ナイルさんはメニューを眺めていた。
キョトンとしてるサシャたちを横目に俺へとメニューを手渡してくる。
これは奢ってくれるということなのだろうか。
よく分からないままでいるとサシャが「奢りですか!?」と無遠慮に尋ねている。
サシャの問いかけにナイルさんは「ああ」と短く答えただけだった。
二人は空いている席に座ったので俺も仕方なく腰を下ろす。
「何でも美味しそうですねェ! 何がイイかなァ」
「ジャン、こっちにメニュー見せろ!」
お前らは何で上官の目の前なのに、そんなガッツけんの?
団長も苦笑いしてるし、まるで調査兵団が余り食わしてもらってないみたいだ。
騒がしい二人を目の前にしていてもナイルさんは黙ったまま。
『その余裕ぶった態度がムカつくッ…!』
俺は一緒にいるだけで馬鹿みたいに動揺している。
それなのにナイルさんは眉一つ動かさずにコーヒーを悠然と飲んでいた。
年の差を思い知らされたようで何だかムカついてしまう。
その表情を少しでも崩してやりたい。
椅子に座ったままで大きく伸びをしたナイルさんは手をダラリと伸ばしたままだ。
少しだけ身体を寄せてから俺は武骨で逞しい手に自分の指を絡める。
「ッ…!」
小さくビクッと身体を震わせている姿を見て、俺は吹き出しそうになるのを堪えた。
団長が気付いたようで「どうかしたのか?」と尋ねられている。
少し困ったような表情を浮かべて「何でもない」と答えているナイルさん。
あー、ヤバイ。 マジで笑える。 ざまあみろ。
胸が透く思いで俺は絡めた指を解こうとした。
滅多に見ることのない姿を拝めたということで満足もできた。
「!」
指を解こうとした瞬間、ギュッと指を強く絡められる。
所謂、ナイルさんから恋人繋ぎをされていた。
アタフタしそうになるのを必死に堪えて、俺はナイルさんの顔を見遣る。
「ん? どうかしたか?」
平然と何事もないように尋ねてくるのが憎らしい。
何度か手を動かしてみたが、解く気がないようで全く振り解けない。
ナイルさんの体温が伝わってきて、みるみる顔が熱くなってきた。
こんな場所で声を荒げることも出来ない。
自分から仕出かしたことなので自業自得というのが正しい。
顔が赤くなっているのを知られたくなくて、視線を下のほうに向ける。
「ジャン、顔が真っ赤ですよ!?」
「は!? 赤くねェし!」
赤くなっているのは分かっているのでサシャの言葉を否定しても虚しい。
コニーにからかわれて、団長には真顔で心配をされてしまった。
何でもないということで了承はしてもらったが、ナイルさん以外は納得してないだろう。
「此処のパンケーキは美味いぞ」
何時もと変わらない表情で話しながら、俺と指を絡めているナイルさん。
こんなに手を繋ぐのって恥ずかしいものだっただろうか。
離してくれないことを困りつつも嬉しいとか思ってる俺は末期だ。
少し困らせてやろうと思ったのが失敗だった。
困らせてやるつもりが自分が困っている。
手汗、ヤバイ。 ベッタベタだ。 色んな意味で気持ち悪い。
「ざまあみろ」
椅子を正しながら俺にしか聞こえないほどの声で囁かれた言葉。
さっきまで俺が思っていたことを言われ、この人には勝てないと思った。
いや、勝てる気なんか全くしないんだけど…。
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