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今回の壁外調査では巨人についての生態について調べるようだ。
ハンジは目を輝かせており、そんな姿にエルヴィンは苦笑いを浮かべている。
巨人を倒すことが目的ではないので通常よりは危険度の低いものだ。
しかし、巨人が唐突に現れる可能性も充分にあるので注意は必要とされる。
その壁外調査にジャンも同行することとなった。
「いやァ、楽しみだねェ~!
私としては是非とも巨人を捕獲したいんだけどなァ」
「あくまで巨人の生態を調べるという目的だ。
調査兵団の兵士に被害が出るような危ないことは出来る限り避けたい」
「はいはい、分かってますよ~」
いい加減にも聞こえるハンジの返事にリヴァイが眉間にシワを寄せる。
苛立ったような声で「本当に分かってんのか、クソメガネ」と念を押していた。
オルオが巨人を斃そうとしたときにハンジの一言で命を落としそうになったことがあると聞いている。
「あのときは、ホントにゴメン」
「分かってりゃイイ…」
「それでなくとも調査兵団は人数が少ないからね、自重はしてほしい」
「もー、分かってるってば…」
嗜めるようにエルヴィンが言うとハンジは残念そうな声を洩らす。
確かに人類は巨人については余りにも知識がないというのはエルヴィンも理解していた。
それでも巨人の捕獲とまでなるとリスクが一気に上がってしまうのだ。
駐屯地から少し離れた森の中に馬を進めたところでエルヴィンが馬を止める。
ハンジが不思議そうにエルヴィンを見遣り、その視線の先へと顔を向けた。
視線の先には無造作に『何か』がある。
「ゆっくりと馬を進めろ」
「うん」
「他の者も注意を怠るな!」
一気に緊張感が高まり、全員が周囲を用心深く見て回った。
直ぐ近くには巨人はいなさそうなので全員が無造作にある『何か』に近付く。
ハンジは直ぐに馬を降りて、ジャンも同じように馬から降りた。
「残念だけど、誰が誰だか分からないね」
それは巨人が消化できずに吐き出した『もの』だった。
色んな箇所を噛み千切られ、腕やら足やら胴体やらがグチャグチャになっている。
興味深そうにハンジは巨人の嘔吐物の質感などを確かめていた。
しかし、ジャンは余りにも気持ちが悪くなって仕方がない。
人だったものが消化もされずに吐き出されている現実は認めたくないものだ。
生きるために食われるわけでもなく、ただ無意味に食い散らかされている。
「巨人は消化器官がないからね…」
噛み千切ることや食べることをしても人間のように消化することはない。
だから、人のカタチをしたものが残ってしまう。
余りに無残な姿でしかない。
「食べたものは何処に溜められるんだろうね?」
「それは生きた状態で解体してみないことには分からないことだろう」
解体するにも巨人を捕獲をしてみないことには出来ないことだ。
今回は生態調査のために巨人の体内について調べることは出来そうにない。
ハンジは「どうなってるのかなァ~?」と目を輝かせている。
巨人を目の前にしても一向に怯みもせずに目を輝かせるハンジはジャンから見ると異常だ。
初陣のときに目が合っただけでも自分は恐怖と絶望しか感じなかったから。
「そういえば、エレンは食べられた経験があるんだよね!?」
「は? そう、らしいですね…」
「そのときの記憶とかないの? ヌメヌメしてたとか熱かったとか!」
「スイマセン、殆ど記憶が飛んでるんで…」
エレンの言葉にハンジがガッカリという表情で肩を落としている。
確かに巨人に食べられたにも拘わらず、生きているのだから貴重な経験ではあるだろう。
絶対に味わいたくない経験ではあるけれど、ハンジにとっては違うのかもしれない。
「エレンしか体験できないもんねェ…」
「彼の特異体質を得ることが出来たら、経験が出来るかもしれないがね」
「羨ましいなァ…」
異常な会話を繰り返しているのを聞きながら、ジャンは巨人の嘔吐物を眺める。
変な色をした固形とも言い難いものに包まれたものが気持ちが悪い。
しかも、食べたものが見えるというのがグロテスク極まりない。
簡単な巨人についての講義で『巨人には消化器官がない』というのは確かに聞いていた。
こんな『もの』になるとは聞いてもいなかったし、初めて見たときは目を疑った。
「ジャン、顔が真っ青だが…」
「だ…、だい、じょうぶ、です…」
途切れ途切れの声でエルヴィンの言葉に返すのが精一杯だった。
自分が食われたことを想像して、恐怖を覚えているわけではなかった。
初陣で自分が見殺しにした同期たちも同じようになったのかと思うだけで身体が震える。
血の気が引いていくのが分かり、胃液が逆流してくるのが分かった。
今にも吐き出してしまいそうだと思いながら、口元を手で覆っては何度も逆流してきた胃液を飲み込む。
『マルコも、あんな風に…?』
そう考えたとき、ジャンの吐き気が限界に達した。
この場所で吐くわけにもいかないのでエルヴィンに「少し場所を離れます」とだけ告げる。
ちゃんと言葉を発することが出来ただけでもマシなほうだった。
少し離れた草むらで木に両手をついたジャンはしゃがみこむ。
それから我慢していたものが一気に口から吐き出された。
ビチャビチャと不快な音がジャンの耳に響く。
「ぅえッ…お、ぇッ…」
胃にあったものを総て吐き出しても吐き気が治まることがなかった。
何とか吐き気が治まったのは胃液すらも吐いたくらいで漸く落ち着く。
苦しさからの生理的な涙や涎で最悪の状態だった。
「ジャン、大丈夫かい…?」
後ろから聞こえた優しく穏やかな声音にジャンの身体はビクリと震わせる。
顔面がグチャグチャな状態なので振り向くに振り向けない。
しかし、間違いなくエルヴィンだろうと察しはついた。
「ち、近付かないでくださいッ…!」
こんな情けない姿を見られたくはなかったのにとジャンは唇を噛む。
今後も同じような光景を見ることも多くあるというのに自分は余りにも情けない。
足音が近付いてくるのが分かって、ジャンは「近付かないでください」と何度も繰り返す。
エルヴィンの足音が止まることはなく、ジャンの後ろの辺りで歩みを止めた。
それから大きく武骨な逞しい手でエルヴィンはジャンの背中を撫でる。
「大丈夫だよ、私は君を見損なったりはしない」
「だん、ちょぅ…?」
顔を見たくても自分の顔が余りに酷いのでジャンは顔を上げることが出来なかった。
俯いたままでいると目の前に白いハンカチが差し出されている。
汚れてもいない真っ白なハンカチ。
「遠慮することはないから使いなさい。
それとも、その顔を私に見せるほうがマシかな?」
この汚い顔を見せるわけにもいかずにジャンは「お借りします」とハンカチを手に取った。
取り敢えずは目元の涙を拭ってから口元を拭って、ハンカチを自分のポケットに突っ込んだ。
目元が赤いのは仕方がないことだと思いながらも恐る恐るエルヴィンを振り返る。
呆れた様子も幻滅した様子もなく、エルヴィンは何時もと変わらない表情で笑っている。
それから大きな逞しい手でジャンの目元に指を伸ばした。
「そのことを忘れてはいけないよ、ジャン」
「え…?」
「仲間の死、巨人への恐怖、人間としての感情。
それを忘れないで君には生きてほしいんだよ…」
苦笑いを浮かべたエルヴィンは「私は慣れてしまったからね」と辛そうに呟く。
部下の死を辛く思うことは今でもあるが、それでも泣くことは忘れた。
心の何処かで仕方ないと思っている自分がいる。
そんなことをエルヴィンは少しだけ語ってくれた。
だからこそ、ジャンには人間としての色々な感情を忘れてほしくないのだと…。
「辛くなったときは私を頼っても構わないよ」
「いえ、団長も忙しいでしょうし…!」
「じゃあ、言い方を変えようか? 私が君に頼りにされたいんだよ」
そんな言い方をされたら、ジャンは頷くという選択肢しかない。
小さくコクリと頷くとエルヴィンはジャンの頭を撫でる。
大きく逞しい手はジャンを安心させるには充分なもので気持ちが落ち着いてきた。
そのことで小さく笑ってしまい、エルヴィンは不思議そうに首を傾げる。
上手くは笑えていないだろうけれど、何とか笑うことは出来たのはエルヴィンのおかげだ。
「団長は俺の精神安定剤みたいです」
その言葉にエルヴィンは優しく笑い、少し赤くなったジャンの目元に軽くキスをした。
『Tranquilizer』→『(英)精神安定剤』
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