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恋は盲目なんていう言葉があるけれど、それを自分が体験するとは思ってなかった。
最近は訓練にも集中することが出来ずにジャンはリヴァイから直々に怒鳴られた。
リヴァイに怒鳴られるだけで済んだのは奇跡に近いとは思う。
自分の頭の中にはナイルの存在が離れない。
講義にも集中したいのに、有り難い講義も左の耳から右の耳へと抜けていく。
挙句にはコニーにノートを写させてもらう始末だった。
「王都に行きたい…」
「は? 憲兵団に入団するつもりなのかよ?」
「調査兵団は嫌いじゃないけど、取り敢えずは王都に行きたい」
「意味、分かんね。 てか、さっさとノート写せよ!」
コニーに急かされたのでジャンはノートを書き写す。
しかし、内容は全く頭に入ってこないので重症だと自分でも感じた。
王都に行きたいというのは正確に言うと正しくはない。
正しくはナイルに会いたいというのが事実だ。
それを流石に言うことも出来ずに「王都に行きたい」と繰り返しているだけ。
寂しさを紛らわせるためにナイルに貰った飴玉を取り出した。
「良いもの、はっけーん!」
唐突に発せられたコニーの言葉に首を傾げたときだった。
手の中にあった飴玉をコニーに取られた挙句に食べられてしまう。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「おまッ…! 最後の一個だったのに!」
「はァ? ノートを写させてやってんだから、飴玉くらいで文句言うなよ」
最悪だと思いながら、ジャンはコニーのノートを全て書き写す。
書き写させてもらったので礼は言うが、飴玉を食べてしまったということは許していない。
ジャンにとってはナイルから貰った貴重な飴玉で本当に頑張ったと思う日にしか食べていなかった。
しかも、最後の一個をコニーに食べられてしまうなんて予想もしてない出来事だ。
自分で飴玉を買っても虚しいだけで、自分が食べたいのはナイルに貰った飴玉なのだ。
「何か憲兵団の奴らが来てる…」
飴玉を頬張りながら、窓の外を眺めていたコニーがボソリと呟く。
その言葉に反応したジャンは派手な音を立てて、コニーの見ている窓に駆け寄った。
ドン引きした表情をコニーにされても今のジャンは何も気にしていない。
「ホントだ、憲兵団のジャケット」
見慣れた調査兵団のジャケットではないのを見つけたジャンは辺りを見回す。
わざわざ格下の憲兵団の兵士が調査兵団に来るとは思えない。
間違いなく、ナイルがいるとジャンは確信していた。
エルヴィンの姿が見つけたので、その近くにいるのではないかとエルヴィンを見つめる。
やはり、予想は当たっていたようでエルヴィンと会話をしているナイルを見つけた。
不機嫌極まりない顔をしているリヴァイにナイルは苦笑いを浮かべている。
「やっと見れた…」
「は?」
憲兵団の師団長であるナイルの姿を見れることは滅多にないのだ。
会話もしていないし、目が合ったわけでもないけれど、それだけでもジャンは充分に嬉しかった。
しかも、最近は調査兵団も忙しかったので王都に行くような余裕がなかったのだ。
人間とは本当に欲深い生き物であるとジャンは思ってしまう。
最初は遠目から見るだけで構わないと思っていたが、姿を見つけてしまうと近くで見たい。
それから話もしたくなって、大きな武骨な手で頭を撫でてほしい。
「あ、コニーに食べられた飴玉もほしい…」
「お前、根に持ちすぎ…」
しかし、憲兵団の師団長が調査兵団の兵舎まで直々に来るのだ。
自分と話している余裕なんてないだろうし、更に言うと次は立体機動の実習訓練だ。
コニーに「早く行かねェと怒られんぞ」と促されて、重たい足を引き摺るように場所を離れた。
「今日は頑張れる気がする」
「最近、怒られてばっかだもんな! 調子に乗ってからだ、バーカ!」
「バカでハゲでチビに何を言われても俺は全く気にしない」
「性格悪ッ!」
今日は思っていた通りの動きが出来て、指導をしてくれている先輩も驚いている。
最近は最初のエレンほどではなくとも結構な酷さで同期たちが憐れみの目で自分を見ていた。
身体も軽く感じて、漸く自分らしい動きが出来るようになった。
その変わりようにコニーも流石に驚いていたようだ。
ナイルの姿を見ただけでモチベーションの変わり方が尋常じゃない。
会えなかった期間が長かったというのもあるのだと思う。
「悪くない動きだな…」
「あ、兵長…」
「昨日と同じようなことをしていたら、蹴り飛ばすところだったが…」
リヴァイの言葉にジャンは苦笑いを浮かべて、「申し訳ありませんでした」と頭を下げる。
それから少しして、エルヴィンと一緒にナイルが現れたので咄嗟に敬礼をした。
隣にいたコニーもジャンに倣って、ナイルに向かって敬礼をする。
「あー、おっさんは畏まられるの嫌いだから敬礼は短くで…」
「師団長の自覚が足りないと思わないのか、ナイル…」
「俺は紳士気取りの誰かさんと違うからなー」
久々にナイルの声が聞けたことに表情が綻びそうになった。
それを必死に堪えながら、ジャンは敬礼の体勢を解いた。
話すことは無理でも声を聞けただけでも満足しなければとジャンは気を引き締める。
エルヴィンたちは広場を離れ、コニーと一緒に訓練に戻ろうとしたとき。
軽く袖を引っ張られたのでジャンは其方の方向を振り返る。
「おっさんから、イイ子へのご褒美だ」
視線はエルヴィンのほうに向けられてはいるが、自分に向けられての言葉だろう。
ナイルの手から飴玉を渡されて、ジャンは直ぐにポケットに仕舞った。
飴玉を貰ったときに触れた手からナイルの温もりを感じた。
「ジャン、早くしろよー!」
「お、おう!」
これだけで少しの間は頑張れそうだと思いながら、ジャンは訓練に励むことにする。
調査兵団に入ったからには死と隣り合わせの生き方しか出来ない。
少しでも長く生きたければ、それだけの知識も技術も身に付けなければならない。
動機が不純だと思われようが、好きな人のために強くなりたい。
訓練が終わる頃には体力の限界を感じて、足がガクガクしている人間も多い。
意気込みすぎたせいか、ジャンの足も限界が近い。
「お前、ダッセ…」
「うっせぇ、先に食堂にでも行っとけよ」
少しだけ休んでから食堂に行こうと思って、ジャンは木に凭れた様態で座り込む。
時々、ジャンの短い髪を揺らす風が心地良いと感じていた。
目を閉じながら、疲れを癒しているときだった。
「今日は冷えるから、ちゃんと汗を拭いとけ」
聞き覚えのある声にジャンは閉じていた目を慌てて開く。
其処には思っていた通りのナイルが立っており、ジャンに向かってタオルを渡してくれた。
小さく「よっこらしょ…」と呟きながら、ジャンの隣にナイルは腰を下ろす。
ナイルの言葉に小さく笑ったジャンは受け取ったタオルで汗を拭いた。
「あ、そのタオルから加齢臭とかしない?」
「しませんよ」
「そっか、それなら大丈夫だな」
何が大丈夫なのだろうかと思っているとナイルがジャンの肩を抱き寄せる。
突然すぎることだったのでジャンの思考は一瞬だけ停止した。
ナイルに抱き寄せられていると分かった途端に先程とは全く違う汗が出てくる。
「な、何してんですか…?」
「補給」
「はい?」
「会えなかった分の補給」
この人は自分の感情を乱すことの出来る天才だとさえ思ってしまった。
会えなくて会いたいと思っていたのは自分だけじゃなかったのだと自惚れてしまいそうになる。
でも、ナイルが大事にしているものは家族で自分だけじゃない。
不毛な恋をしているとは思っていても、それでも嬉しく感じるのは仕方のないこと。
身体を預けるようにジャンはナイルの身体に凭れかかった。
布越しに感じる温もりが先程の風よりも心地良い。
「俺、汗臭いですよね…」
「んー、おっさんは気にならないから大丈夫」
「今日は珍しいですね、調査兵団に来るなんて…」
「おっさん、会いたかったからなァ…」
そんなに期待するようなことを言わないでほしいと思う。
でも、言われて嫌な言葉じゃないと思っている自分がいるのも事実。
小さくナイルが笑ったので「どうしたんです?」とジャンは尋ねてみた。
「エルヴィンに『下心でもあるんじゃないか』とか言われた。
もしかしてバレてんのかと思って、流石のおっさんも軽くビビッた」
「下心、あるんですか?」
「うんにゃ、おっさんのことを好きな新兵の様子を見に来ただけ」
「馬鹿にしてます?」
ジャンの言葉に苦笑いを浮かべたナイルは「してないって」とフォローはしてくれた。
それでも軽く馬鹿にしてるんだろうというのは何となく分かってしまう。
実際にナイルに会うまでの自分は最悪のコンディションだったので何も言い返せなかった。
会話が途切れるとナイルはジャンの肩から腕を解くと立ち上がる。
キョトンとしているジャンを見下ろして、ナイルはジャンの額に軽くキスをした。
「食堂で同期の坊主が待ってんだろ?」
「あー、忘れてた…」
「酷い奴だなァ、もっとイイ子だと思ってたのに…」
「でも、アイツにナイルさんから貰った飴玉を食われたんですよ!」
「それくらい許してやれよ」
「だって、ナイルさんから滅多にもらえないのに…」
拗ねたように告げるとナイルは苦笑いを浮かべている。
確かにガキっぽい理由すぎるという自覚はあったが、なかなか貰えない飴玉は特別なのだ。
小さく「仕方ねェなァ」と言ったナイルはポケットから数個の飴玉を渡す。
「当分は困んねェだろ? おっさん、趣味良いから!」
「どっかに隠しとこ…」
「おっさんの趣味の良さ、完全無視とかヒドイ!」
「いや、ナイルさんの趣味の良さは知ってるんで今更です」
腹の虫が鳴き出しそうなのでジャンは食堂に行くために立ち上がろうとした。
当然のようにナイルが手を差し出してくれたのが嬉しいと思ってしまう。
自分の手とは全く違う男を感じさせる手を握って、ジャンは立ち上がるとナイルに頭を下げた。
「今度は瓶ごとで買ってきてやろうか?」
「いえ、これくらいのほうが有り難味があるんで…」
「そっか、また憲兵団にも顔を見せに来てくれよ」
「充電が切れそうになったら、俺も補給に行きますね!」
食堂に行くまでの足取りが昨日とは全く違うことにジャンは表情が綻んだ。
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