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もうすぐ壁外調査に行く。
この緊張感は何時まで経っても慣れることがない。
人類最強と呼ばれるリヴァイであれば、こんな緊張感もないのかもしれない。
日程が近付くに連れ、夜は異様に目が冴えてしまう。
それはジャンだけでなく、コニーも同じようで朝になると二人で苦笑いを浮かべた。
「ヒデェ顔だな…」
「そりゃ、お互い様だろ?」
「俺、基本的に顔は整ってるから」
「馬面のくせにイケメンぶんな」
顔を洗うとスッキリはするけれど、目の下に出来たクマは残ったままだ。
コニーも同じような顔で食堂に行けば、同じような顔のサシャが水を飲んでいた。
何時もは楽しい食事をしているのに今日は会話も少なかった。
また多くの兵士が死ぬのだろう。
その中に自分たちも含まれるのかもしれない。
嫌な考えばかりが頭を過ぎり、雰囲気が暗くなってしまう。
「こういうときは訓練に励んだほうが良いんですかね?」
「無理しすぎても足を引っ張るだけだし、身体を解すくらいが良いんじゃねェか?」
「ジャン、余裕なんですか?」
「余裕なわけねェだろ。 俺だって、怖くて仕方ねェよ」
こんな状況で余裕なんか保てるわけがない。
壁外調査を控えているということもあり、講義や実習も割と少なめなスケジュール。
何時もよりは自由時間も多く、ジャンは憲兵団の兵舎へと向かった。
何度か来ているので迷うこともなく、師団長のナイルの執務室に辿り着くことが出来た。
ドアをノックする前にジャンはドアの前で深呼吸を繰り返す。
「おっさんの部屋の前で何してんの?」
「はえッ!?」
斜め後ろから聞こえた声にジャンは間抜けな声を洩らしてしまった。
慌てて振り返るとナイルが不思議そうな表情を浮かべて、ジャンのほうを見ている。
あの挙動不審な行動を見られたのかと思うと恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「えっと、いや、あの…、顔が、見たくなって…」
「あー、もうすぐ壁外調査だもんな」
苦笑いを浮かべたナイルは執務室のドアを開けて、中に入るようにジャンを促してくれる。
小さく頭を下げたジャンはナイルの執務室へと入るとナイルは紅茶の用意をした。
相変わらず、紅茶の淹れ方は適当極まりない。
それが何時も通りすぎて、安心できてしまうのだ。
マグカップに淹れられた紅茶と瓶ごと置かれる砂糖とミルク。
何も変わらないナイルの口調と態度に今までの緊張が解れていくのが分かる。
「リヴァイとかと違って、おっさんは傍で守ってやることが出来ないけどさ」
「自分の身は自分で守ってみせますよ、これでも調査兵団の兵士なんで」
「成績も優秀だったそうだしな」
「まあ、それでも6番目なんですけどね…」
誰かに守ってもらおうなんて生易しい気持ちで行けるような場所じゃない。
何度か経験はしたが、其処は何が起きても不思議ではないところ。
生きて帰ってこれる確証なんて、誰にもない場所なのだ。
だから、ジャンは憲兵団の兵舎に来た。
もしかしたら、これが最後になってしまうかもしれないから。
ナイルと他愛ない話をして、何時ものように適当に淹れられた紅茶を飲みたかった。
「守ってやることは出来ないけど、おっさんは帰りを待ってるから」
「え…?」
「おっさんの顔が見たいって思ってくれるなら、ちゃんと生きて帰ってきてくれる?」
余りに真面目な表情で言うものだからジャンは思わず言葉に詰まってしまった。
言葉にすることが出来ずにジャンはぎこちなく頷くことしか出来ない。
泣いたら絶対に困らせてしまうと分かっているのに…。
「約束、な?」
「はい…」
ソファに座っているジャンの前にしゃがんだナイルはジャンの頭を優しく撫でた。
こんなことを言われたら、何が何でも生きて戻ってこようと思う。
最初から死ぬつもりでいくつもりなんてなかった。
それでも死ぬかもしれないということは考えていたから。
溢れてくる涙を止めることが出来ずにジャンは何度も目元を腕で拭う。
「ハンカチくらい、持って来いって…」
苦笑いを浮かべたナイルはポケットからジャンに布を手渡した。
それを受け取ったジャンは違和感を感じて、その手渡された布を広げてみる。
紛れもなく、子ども用のパンツだった。
「……パンツですよね?」
「うん、子どものパンツだな」
「ナイルさんも持ってないじゃないですか、ハンカチ」
ジャンが小さく笑うとナイルも少しだけ表情を綻ばせる。
それからジャンは「返しますね、これ」と子ども用のパンツをナイルに返した。
緊張は随分と解れたが、まだ涙が止まりそうな気配はなかった。
そうするとジャンの首の後ろに手を伸ばして、ジャンの頭をナイルは自分のほうへと引き寄せる。
肩口に顔を埋めるような格好になり、ナイルの行動にジャンは驚きを隠せない。
「ハンカチがないから、おっさんの肩で我慢してくれ」
「肩より胸のほうが良いです…」
「我侭だなァ…」
「少しくらい良いじゃないですか」
そう言うとナイルはジャンの隣に腰を下ろして、ジャンの頭を胸元へと抱き寄せた。
ジャケットの硬い布ではなく、シャツの感触が気持ちが良かった。
背中に腕を回したジャンはナイルの身体を抱き締める。
「おっさん、汗臭くない?」
「大丈夫ですって、少し汗臭いですけど…」
「マジ? 消臭剤、ぶっ掛けたほうが良い?」
「俺は嫌いじゃないから良いですって…」
他愛ない会話だけれど、少しだけ違うシチュエーション。
こんな風に抱き締めてもらうことなんて、滅多にない経験なのだから。
涙は少し前に止まってしまったけれど、このままでいたいので泣いているフリでもしておこう。
あやすようにジャンの背中を何度も撫でてくれるナイルの手が温かかった。
これっきりになんてしたくないから必ず生きて戻ってこよう。
「泣いたフリ、ホントに下手クソだな」
「…少しは空気読んでくださいよ」
「いやァ、こんなに下手な泣いたフリなんか見たことなかったから」
泣いたフリがバレてしまったのであれば、身体を離したほうが良いのかもしれない。
ナイルの身体を押し戻そうとしたが、ナイルはジャンの身体を抱き締めたまま。
話してくれる気配もないので、そのまま抱き締められた格好のままでいた。
「戻ってきたら、おっさんと飯でも食いに行こうな」
「勿論、ナイルさんの奢りですよね?」
「新兵に奢らせるほど、おっさんも安月給じゃないから」
「ますます死ねませんね」
どんなに辛いときでも、この人の隣にいれば笑える。
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