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エルヴィンが王都に行く用事があるというのでジャンも同行させてもらうことにした。
同行する必要もないことだとエルヴィンに言われたが、半ば強引に認めてもらった。
数日は王都に滞在するとのことでナイルに会えるかもしれない。
同行したは良いものの、本当に新兵であるジャンがすることはなかった。
一緒にエルヴィンと行動をするが、機密事項などの関係で席を外すことも多い。
それに気付いたのかエルヴィンは「街を歩いてくると良い」と提案をしてくれた。
「有り難う御座います!」
ペコリと頭を下げたジャンは一目散に憲兵団の兵舎へと足を向ける。
次の約束を確保しとかなければ、次は何時になったら会えるかすらも分からない。
意気揚々とナイルの執務室に来たのだが、ノックをしても返事はなかった。
「ナイル師団長は休暇だ」
執務室の前で首を傾げてたジャンに憲兵団の兵士が嫌そうな表情で告げる。
そこまで露骨な態度で接しなくても良いのではないだろうかとさえ思う表情だ。
しかし、嫌そうにでも教えてもらった事実には変わりがないので礼を言うのは忘れない。
「次、王都に来れる機会なんか分かんないのに…」
今回ですら強引に認めてもらったのだから次は怪しまれるに違いない。
折角、約束が出来ると期待していた自分が馬鹿みたいだとジャンは肩を落とした。
仕方がないのでエルヴィンの言う通り、街をブラブラと歩いてみることにする。
調査兵団のジャケットは目立つようで街中で歩いていても物珍しそうな視線に晒された。
エルヴィンのところに戻ろうかと思案しているときにジャンは目を疑う。
見慣れた憲兵団のジャケットは着ていないが、間違いなくナイルを見つけてしまった。
「あ…」
声を掛けようとしたが、ジャンは名前を呼ぼうとした口を閉ざした。
片腕には子どもを抱きかかえて、もう片方の手で子どもの手を握っているナイルの姿。
休みなのだから家族と過ごしていても不思議ではない。
それなのに、どうして心がチクリと痛んでしまうのだろう。
自分はナイルに話を聞いてほしかっただけなのに。
声を掛ける勇気がなくて、ジャンはナイルの姿を眺めているだけだった。
『幸せそう…』
子どもは無邪気に笑って、ナイルの首に抱きついている。
もう一人の子どもも楽しそうに笑顔を浮かべていた。
ジッと見つめていたせいだろうか、ナイルの手を握っていた子どもと目が合う。
少し首を傾げた子どもはジャンを見つめてからナイルの腕を引っ張っていた。
それから子どもがナイルに話し掛け、ナイルは不思議そうにジャンのいるほうに視線を向ける。
目が合ってしまったので気まずさを感じながらもジャンは頭を下げた。
「オーイ、こっちに来てくれー!」
まさか呼ばれるとは思ってなかったのでジャンはビクリと大きく身体を震わせる。
視線が合っているのは自分なのだから自分が呼ばれているのであろうということは察しがついた。
断ることも出来ないのでジャンはナイルたちのいるほうへと足を向ける。
人相が余り良くないので子どもには敬遠されがちなのでジャンは恐る恐る近付いた。
しかし、子どもたちは物凄いものをみるようにジャンを見つめてくる。
「お兄ちゃん、調査兵団なの?」
「へ? あ、うん…」
「凄いなァ! あんな怖いのと戦うなんて、カッコイイや!」
新兵ということもあり、其処まで羨望の眼差しで見つめられても困ってしまう。
質問責めしてきそうな子どもにナイルは「ママの買い物が終わったみたいだぞ」と告げた。
そのナイルの言葉に二人の子どもはナイルから離れて、母親であろう女性のところに走っていく。
「助かりました…」
「やっぱ、調査兵団ってのは特別な存在なんだよなァ…」
少し苦笑いを浮かべたナイルは小さく呟き、頭をポリポリと掻いていた。
あの未知の生物である巨人と戦っている姿は子どもにとっては英雄に見えるのかもしれない。
しかし、何の戦果も残せないままに巨人に食われてしまう兵士もいるのが現実だ。
そんな難しい話をするつもりも家族団欒を邪魔するつもりはなかった。
申し訳ない気分になって、ジャンは「スイマセンでした」とナイルに頭を下げる。
「何で謝ってんの?」
「結果的に家族団欒の時間を邪魔することになってしまったので…」
「あれは嫁さんの買い物が終わるまでの時間潰しだから気にする必要ないぞ」
「良いお父さんをしてるんですね…」
傍から見ても幸せそうな家族風景だったとジャンは感じた。
穏やかで優しさに満ち溢れた姿を思い出すと心がチクチクと痛むのを感じる。
あんな表情は家族だけにしか見せないのだろう、そう感じたからだ。
「休暇を楽しんでくださいね。 俺は団長のところに戻ります」
「は? 随分とツレない態度すんだな。 おっさん、ちょっと傷付く」
「いや、休暇なんでしょう? 俺よりも家族との時間を大事にしてください」
ナイルの顔を見るのが辛いと思うのは初めてのことかもしれない。
今すぐ、この場所から立ち去ってしまいたかった。
仕事がなくともエルヴィンのところに戻ったほうがマシだ。
顔を見ることが出来ずに俯き加減でジャンはナイルから目を逸らした。
これ以上、此処にいたくないという感情で心が乱れている。
「待てって! そんな顔で戻ってもエルヴィンを心配させるだけだぞ?」
「平気です、俺のことは大丈夫ですから」
何でもないように笑ってみせたはずなのにナイルの表情が怖かった。
グイッと腕を引っ張られるが、ジャンは反射的に腕を振り解く。
心の中で『しまった』と思ってしまったが、反応してしまったものは仕方がない。
苦笑いを浮かべたジャンは「急に腕を掴むからビックリしただけです」とだけナイルに告げる。
しかし、ナイルの表情は先程と変わることがないのでジャンは困惑するばかり。
「大丈夫って言うなら、大丈夫って顔してから言え」
声音からナイルが怒っているのが分かり、ジャンは「スイマセン」とだけ小さく謝る。
しかし、そんな大丈夫な顔が今のナイルの前では出来ないのだ。
こんな気持ちに気付きたくなんかなかった。
「そんなに、おっさんは頼りにならないか?」
「違いますって、そんなんじゃないです」
「じゃあ、言ってみろ」
「今度、休暇じゃないときに話します」
もう自分の気持ちに気付いたからには自らの意思で王都に来ることはないだろう。
だから、ナイルに話すつもりなどは微塵たりともない。
これが個人的に話すのが最後。
調査兵団の新兵と憲兵団の師団長、会う機会なんか殆どと言っていいほどにない。
自分が会おうとしなければ、もう二度と会うことなんかない。
「俺、急ぐんで…」
「嘘だろ? 俺から逃げたいだけだろ?」
ナイルの言葉に身体が強張り、表情も固まってしまう。
笑顔を浮かべる余裕もなく、ジャンはナイルの顔を見つめることしか出来なかった。
以前に紅茶を適当に淹れてくれて、飴玉をくれたナイルの表情ではない。
「おっさん、そんなに嫌な思いをさせたか?」
「違いますッ! ナイルさんは何も悪くなんかないですッ!
俺が勝手にヘコんで、俺が勝手に傷付いてるだけで、ナイルさんは悪くないです!」
「場所、変えんぞ」
街中では余りに目立つのでナイルはジャンの手を引っ張っていった。
それを振り払うことが出来ずに黙ったままでジャンはナイルに連れて行かれる。
着いた場所は落ち着いた感じの広場で子どもたちが無邪気に遊んでいた。
「ちゃんと話してくれないと、おっさんが納得できないんだけど…」
「言っても無駄なことを言うつもりないです」
「それを決めるのは、おっさんなの分かって言ってる?」
「だって、ナイルさんは何も捨てられないじゃないですかッ!」
先程の光景を見て、ジャンはナイルが家族を守るために憲兵団にいるのだと確信した。
この人がなくしたくないものは家族で、そのために師団長まで上り詰めたのだ。
自分の入ることの出来ない境界線が引かれていることに気付かないほど馬鹿ではないつもりだ。
正直、ナイルへの恋心を捨てろと言われても簡単には捨てられないだろう。
それでも捨てなければならない恋心で、これは自分を傷付けるだけの哀しい恋だ。
「おっさん、人類を守ることよりも自分の好きな女を守りたかった。
腰抜けとか言われんだろうけど、憲兵団を選んで調査兵団に入団するのも止めた」
「あんだけ綺麗な人だったら、守ってあげたくもなりますよね」
「だから、おっさんは何も捨てられない」
「知ってますよ。 だから、言いたくないって言ってるんです…」
あんな綺麗な奥さんがいて、可愛い子どもがいるのだから捨てることなんか出来ないに決まってる。
頭の中では分かりきった言葉なのにハッキリと言われると心が痛くて仕方がない。
きっと、ナイルは自分の気持ちに気付いているのだろうとジャンは思った。
「おっさんの話、ちゃんと聞いてた?」
「聞きたくなくても聞いてますよ、何も捨てられないんでしょ?」
「お前のことも捨てられないんだよ、おっさんは…」
「…………………は?」
予想もしてなかったナイルの言葉にジャンは間抜けすぎる声を洩らす。
ナイルはゴソゴソとズボンのポケットから飴玉を取り出した。
それを差し出されて、戸惑いながらもジャンは飴玉を受け取る。
この前とは少しだけカタチと色の違う飴玉。
「お前のことを考えてたら、勝手に買ってた…」
「は?」
「自分の子どもには菓子なんか滅多に買わないくせに、お前のために何か勝手に買ってた」
「ちょっ…! 何、言ってんですか?」
「ゴメン、おっさんも訳が分かってないから許して…」
青い空を仰ぎながら、ナイルは大きく息を吐いた。
その横顔を眺めていると『この人が好きだ』と思う自分がいる。
諦めたくて仕方がないのに諦め切れない。
「あの…」
「ん?」
「俺は諦めなくても良いんですか…?」
「…おっさんの本音は、お前に俺を諦めてほしくないんだよなー…」
それから「おっさん、最低だな」と苦笑いを浮かべているナイルを見つめた。
この人を諦めなくても良いんだと分かった途端に涙が零れそうになる。
困らせるだけなので必死で涙を堪えた。
ナイルの襟元を掴んだジャンは強引に顔を引き寄せる。
それから子どもたちが無邪気に遊んでいる場所だというにも拘らずにキスをした。
「俺のこと、好きになってなんて言いませんから…。
でも、さっきのキスのことだけはなかったことにしないでください…」
勇気さえあれば、境界線なんて簡単に飛び越えることが出来るんだ。
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