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ガキというものは面倒臭いものだとナイルは思い知らされる。
執務室で書類の束を整理しながら、悩みの種である存在のことを考えた。
最近、自分のことを直向に好きでいてくれる調査兵団のジャン・キルシュタインだ。
好奇心で近付いてみたものの、それから何かと自分に懐いてくる。
最初は憲兵団・師団長という肩書きを持っていることに興味があるのだと思っていた。
それと憧憬と愛情を履き違えているのだと信じて疑っていなかった。
「キス、しちゃったなァ…」
多分、ジャンは気が付いていないと思う。
タオル越しのキスのことは記憶にあるだろうが、実際にしたキスは覚えていないはずだ。
本気になるつもりはなかったし、自分が守りたいのは家族だけだ。
しかし、あれだけ直向な好意をぶつけられて、何も思わないわけがない。
情に絆されているなんて自分らしくないと感じながら、小さく息を吐いた。
子どもが生まれたときに止めた煙草が恋しくなる。
「好奇心なんかで近付くんじゃなかった…」
書類まみれの机に突っ伏したナイルは自分の好奇心を呪った。
調査兵団が今日は王都に来ると聞いているが、新兵のジャンまで連れてはこないだろう。
何が何でも連れてくるのは止めてほしいというのが本音。
コンコンとドアをノックされて、ナイルは何時ものように勝手に入れと告げる。
入ってきた憲兵団の兵士はナイルの姿を見て、少し驚いたようだった。
「体調でも悪いんですか? 机と同化してますが…」
「人間を止めて、同化してェよ」
「何があったか分かりませんが、調査兵団の団長と兵士長が来られました」
「そいつらだけ?」
「いえ、他にも何人かいましたね。
よく師団長のところに来る新兵もいましたよ」
その言葉を聞いたナイルは『何で連れてきてんだよ』と毒吐く。
体調が悪いからと適当に辞退したら、あの子どもは慌てた様子で自分の執務室に来るだろう。
山積みになっている書類の束を口実にすることも考えたが、結局は無理だろう。
「分かった、後で挨拶に行ってくる」
「はい、それでは失礼します」
区切りの良いところで書類を片付けて、ナイルはエルヴィンに挨拶に向かうことにする。
調査兵団の団長が挨拶にまで新兵を連れてくるはずがないと重い腰を上げた。
しかし、現実はナイルの期待を見事に裏切るのだった。
少し待たせてしまったせいか、リヴァイが随分と苛々したような表情をしている。
挙句に「待たせてんじゃねェよ、クソ野郎」という有り難い言葉までいただいてしまった。
言い返すのも面倒で素直に謝罪の言葉を口にするとエルヴィンもリヴァイも目を丸くしている。
「お前、ホントにナイルか?」
「エルヴィン、お前のとこの兵士長は何とかしたほうが良いぞ。
巨人を斃す腕は一品だろうが、口と態度と性格が悪すぎる」
リヴァイの後ろには新しいリヴァイ班の面々が揃っていた。
その中にはジャンもいて、こちらを見つめている。
ジャンと目を合わせることなく、ナイルはエルヴィンとリヴァイに簡単な挨拶をした。
「お前らも暇じゃないと思うけど、俺も暇じゃないから行くわ」
「この前はウチの新兵が迷惑を掛けてしまったようで申し訳なかった」
「ああ、今後は気を付けてくれ」
無性に煙草が吸いたいと思いながら、ナイルは自分の執務室へと足を向ける。
執務室に戻るまでの廊下を歩いているときだった。
ジャケットの背中を思い切り引っ張られる。
早足で歩いていたこともあって、ジャケットが軽く脱げ掛けた。
何事かと思ったナイルは振り返ると最も会いたくなかったジャンが立っている。
空気になりたいと思いながらも無視することが出来ずにナイルは不安げな表情のジャンを見遣った。
「どした?」
「俺、何かしましたか?」
「別に何もされてないし、気にすんなよ」
「じゃあ、あんなに素っ気無いのは何でですか?」
今にも泣き出してしまいそうでナイルは大きく息を吐く。
この子どもに振り回されるのは今日を最後にしよう。
ナイルは最後の切り札を使うことにした。
「おっさん、何も捨てることが出来ないって言ったよな?
お前も捨てたくないって思ってたのはホントだし、今も捨てたくないと思ってる」
「はい…」
「でもな、お前とマリーのどちらか1人しか助けられないって場面になると俺は迷わずにマリーを助ける。
嫌な言い方をしたら、俺はお前を見殺しにする。 そんな奴、好きでいる価値ないだろ?」
これがナイルにとっての最後の切り札でジャンが自分を見損なう言葉だ。
最低なことを言ってのける自分を見損なって、嫌いになってほしい。
ナイルの言葉を聞いていたジャンはキョトンとした表情でナイルを見つめている。
自分の言った言葉を理解しているのだろうかと少し不安になったときだった。
ジャンは思い出したように小さく吹き出して、クスクスと笑い始める。
笑う場面ではないはずなのだが、ジャンは笑い続けていた。
「それ、今更すぎません?」
「は?」
「ナイルさんがマリーさんを愛しているのは最初から分かってることですよ?
それに俺とマリーさんしか助けられない場面でマリーさんを助けるのは当然でしょう?」
「お前、自分の言ってる意味が分かってるのか?」
「貴方の特別になることが出来ないってことは分かってます。
この恋心を捨てるか捨てないかを決めるのはナイルさんじゃなくて俺です」
完敗だと思いながら、ナイルはジャンの身体をギュッと抱き締めた。
誰が通るかも分からない場所ですることではないと思いながらもナイルはジャンに触れるだけのキスをする。
唐突にされたことを理解できていないようにジャンは目を見開いていた。
「へ? 今、キスした…?」
「うん、おっさんとキスした」
「何で…?」
「おっさんがキスしたくなったから」
「だって、感情が伴わないキスはしたくないって…」
「感情、伴ってんだから仕方ないだろ」
漸く状況が把握できたのか、ジャンの顔が真っ赤になる。
自分から強引にキスしてきたこともあったくせに、こんなキスだけで真っ赤になる理由が分からない。
足の力が抜けたらしく、へたり込みそうになるジャンの身体を何とか支えた。
ジャンの足を見ると生まれたての小鹿のようにガクガクと震えていることに気付く。
そんな姿を目の当たりにして、ナイルが「立てるか?」と尋ねたるとジャンは首を横に振った。
「世話の掛かるガキだな、お前…」
「いきなりキスしてきたりするからでしょ! 心臓が口から出るかと思いましたよ!」
「はいはい、それで? エルヴィンたちのところに運んでやったら良いのか?」
「こんな状況で団長や兵長のとこに戻れるわけないじゃないですか!」
「子犬みたいにキャンキャンと煩い。 もう一回、黙らせんぞ」
そのナイルの言葉でジャンは口を閉ざした。
キスはしてほしくないのかと思っているとジャンはナイルのジャケットをギュッと握る。
どうしたのかと視線を向けるとゴニョゴニョと何かを言っていた。
「聞こえないから、もう少し大きな声で言うように」
「えっと…、ナイルさんの執務室で、もう一回してほしいデス…」
「………」
「あ、調子に乗りすぎですよね! スイマセン!」
この子どもには振り回されそうだと思いながら、ナイルは先程と同じように触れるだけのキスをする。
石にでもなったように固まるジャンの身体を背中に背負うと執務室に足を向けた。
首に回される腕に力が込められ、ナイルは「苦しい」とだけ告げる。
それでも腕の力を緩めてくれることはなさそうだった。
思っていたよりも軽い身体だなと思って、ジャンの身体を背負いながら歩く。
この姿を誰かに見られると困るなと思い至ったナイルは足早に執務室へと向かった。
「ナイルさんの背中って、大きいんですね…」
「お前らみたいなガキから見たら、誰だってデカく感じるもんだろ」
「兵長は…」
「あれは身長が足りないから仕方がない」
誰に会うこともなく、何とか執務室に辿り着くことが出来たことに安心する。
背負っていたジャンをソファに座らせて、ナイルは執務室に鍵をかけた。
その音に気が付いたのかジャンは小さく身体を震わせる。
「別に、今からエロいことをヤろうってわけじゃないぞ」
「わ、分かってますよ。 でも、改めて二人になると何だか恥ずかしいんですけど…」
「自分から強引にキスしてきた奴の言葉とは思えないぞ…」
「あのときはッ…! 色々と必死だったんですよ!」
「今は?」
そのナイルの質問にジャンは小さく「今も必死ですよ」と答えた。
満足の出来る回答で良かったと思いながら、ナイルはジャンの隣に腰を下ろす。
アプローチをしてきたときは強引だったというのに今は随分と消極的だ。
自分が積極的に行動に移すべきなのかと思っているとジャンがギュッと抱き付いてくる。
この子どもは巨人よりも取り扱いが難しそうだとナイルは苦笑いを浮かべた。
「俺から、キスしてもイイですか?」
「どうぞ」
「ホントにしますよ!? イイんですね? 今から嫌とか言っても止めませんからね!」
「分かったから、さっさとしろ…」
強引に首の向きを変えられて、首を痛めたかと思ってしまう。
ナイルの頬を両手で挟んだジャンは真っ赤な顔で真っ直ぐにナイルを見つめていた。
しかし、顔が近付いてくる気配が全くないのでナイルは訝しげに思う。
「おっさんにキスしてくれるんじゃなかったっけ?」
「目!」
「………は?」
「目を閉じてください!」
キスをするのにも随分と時間が掛かるものだと思いながらもナイルは目を伏せた。
頬を挟んでいる手が小刻みに震えていることにも気が付く。
拭き出しそうになるのを堪えながら、ナイルは何とか口を引き締めた。
ほんの少しだけ目を開けてみるとプルプルしながら唇を突き出している姿に笑いが堪えられなくなる。
余りに面白い姿にナイルはジャンの肩を押し戻して、声を抑えながら腹を抱えて笑った。
腹筋が鍛えられそうだと思いながら、声が出ないように口元を抑える。
「腹、痛ェんだけど。 おっさん、腹筋が崩壊しそう」
「人がキスしようとしてるのに、その言い草はないでしょ!」
「だって、お前の顔…! 酷い…! おっさん、マジで腹筋崩壊だ」
あんなキスの仕方、今の子どもでもしないだろう。
自分の襟元を引っ掴んでキスしたときは、そんなに不自然でもなかったというのに。
こんなに笑ったのは久し振りだと思いながら、滲んできた涙を指で拭う。
「キスくらい、まともに出来るようになってくれ」
まだ笑いは治まらないが、ジャンの首の後ろに手を回した。
キスをしようとすると必死にギュッと目を瞑っている姿に再び笑いそうになる。
触れるだけのキスをしてやり、直ぐに唇を離した。
そうするとキョトンとした表情でジャンはナイルを見つめてくる。
フレンチキス以上のキスを求めていたのだろうか。
「大人のキスをするのには、もう少し経験値を積んでもらわないと困るな」
「俺、そこまでガキじゃないです!」
「あんなキスしようとしたのに? おっさんの腹筋崩壊の危機だったのに?」
「じゃあ、その経験値を積むのに付き合ってもらいますからね」
当分は無理そうだなと思いながら、ナイルはジャンの頭をクシャクシャと撫でる。
笑いで痛くなった腹を擦るとジャンは少し拗ねたような表情を浮かべていた。
この子どもには振り回されそうだと苦笑いを浮かべる。
「おっさんを本気にさせたからには覚悟しとけよ?」
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