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こんな時間に非常識だというのは分かっていた。
それでも顔が見たくて、顔を見せたくて、ジャンは王都にある憲兵団に来た。
もうすぐ兵役時間が終わるような時間に来たことを怒るだろうか。
怒られても良いから早く顔が見たくて、早く声が聞きたいと思った。
馬から降りて、奇異の視線も気にせずにジャンは憲兵団の兵舎を走り出す。
ナイルの執務室に着いた頃には息も上がっていた。
久し振りに訪れる部屋の前に立ち、ジャンは少しだけ息を整えてからドアをノックする。
部屋の中から「勝手に入れー」と声が聞こえたときに心の底から安心している自分がいた。
ドアを開けると机で書類に目を通しているナイルの姿がある。
「……………は?」
「久し振りに見た顔に酷くないですか?」
壁外調査から帰ってきて、エルヴィンやリヴァイへの挨拶も軽くしてきたのに。
てっきり笑顔で『おかえり』などと言ってもらえると思っていた。
それが間抜けな声の一言でジャンは少しだけムッとする。
「今日の帰還とは聞いてたけど、普通は明日とかに来るだろ?」
「少しでも早くナイルさんの顔が見たかったんですよ! 悪いですか!?」
「いやいや、悪くはないけど。 どうすんだ、今夜は?」
「は? 今夜?」
ナイルの言葉に今度はジャンが間抜けな声を洩らしてしまった。
今から調査兵団の兵舎に帰ることを考えることを全く考えていなかったことに愕然とする。
愛馬のブッフヴァルトも全速力で走らせてきた上に今から全速力で走らせるのか。
今頃、適当に与えてきた水をガブ飲みしているに違いないだろう。
愛馬が壊れてしまうという可能性もあるので、これ以上の無理をさせたくはない。
ナイルに会うことだけを考えて、帰りのことなど全く考えていなかった。
「……考えてませんでした」
「うん、だと思う。 仕方ねェから、ちょっと此処で座って待ってろ」
「……はい」
部屋を出て行こうとする前にナイルはジャンの前で立ち止まる。
それから武骨で男らしい手でジャンの頭を優しく撫でた。
少し呆れた様子ではあるが、穏やかな声で「おかえり」と言ってくれたので「ただいま」と返す。
「喉が渇いてたら、勝手に何か飲んどけ」
「あ、はい」
それだけ言うとナイルは執務室を出て行き、ジャンは机の辺りを見回した。
丁度、水差しがあったので有り難く言葉に甘えることにしよう。
グラスに水を注ぐと一気に水を飲み干した。
走ることに夢中で喉が渇いていたということに初めて気付く。
二杯目を空にしてからジャンはソファに腰を下ろした。
ナイルを待っている時間が少し手持ち無沙汰で疲れのせいかウトウトとした頃だった。
「後で部屋を移動すんぞ」
「はえ?」
「宿直を変わってもらったんだよ、此処はベッドとかねェからな」
戻ってきたナイルの言葉にジャンはキョトンとするばかりだ。
書類をキリの良いところで終わらせたナイルは適当に書類を片付け始める。
それからジャンに「ホラ、さっさと行くぞ」と言うと執務室を出るように言われた。
「あの、スイマセンでした…」
「おっさんを安心させたかったんだろ? そんなに気にすんな」
案内された部屋は簡単なベッドとソファがあるだけの場所。
ナイルは着ていたジャケットを脱いで、適当にジャケットを脱ぎ捨てる。
こういうところはエルヴィンやリヴァイと全く違った。
脱ぎ捨てられたナイルのジャケットを拾ったジャンは部屋にあったハンガーにジャケットをかける。
ついでに自分のも脱いで、ハンガーにかけることにした。
ナイルは寛ぎモードのようで既にソファに腰を下ろしている。
「取り敢えず、壁外から無事に戻ってきてくれたのは嬉しい」
「は、はい…」
「明日、来ると思ってたからビックリしたけどな」
「スイマセン」
「存分に、おっさんに甘えろ」
その言葉を聞いたジャンはギュッとナイルの身体に抱きつく。
確かに伝わってくる体温と鼓動に安心して、ボロボロと涙が溢れ出してきた。
濡れるシャツの感触に嫌そうな顔も見せずにナイルはジャンの頭を撫でる。
「そんな涙腺弱い奴だったか?」
「だって、嬉しいんですもん…! こんな風にナイルさんに甘えられるの…」
「おっさん冥利に尽きるな」
落ち着くまでナイルはジャンの背中をあやすように撫でていた。
漸く涙が治まった頃にはナイルのシャツがビショビショで申し訳ない気分になる。
ナイルは小さく苦笑いを浮かべると着ていたシャツを脱いだ。
どちらかと言うと華奢だと思っていたナイルの身体はジャンの予想を遥かに超えている。
鍛え抜かれた身体には筋肉もついており、衰えることなく引き締まっていた。
「おっさん、そろそろ腹の辺りがヤバいんだよなァ…」
引き締まってはいるが、少しだけある脂肪の部分をナイルは摘んでいる。
小さな声で「年齢を感じるよなァ」と苦笑いを浮かべていた。
しかし、脂肪といっても殆んどないといっても良い。
憲兵団の師団長を務めているナイルが弛んだ身体をしているわけがないだろう。
その身体を眺めていると自分の身体が貧相だということに気付かされる。
まだ成長期なので問題はないと思うが…。
「おっさんの裸を見て、楽しいか?」
「うえッ!? そんな邪な考えで見たりしてません!」
「自分で『邪な考え』とか言う時点でアウトだと思うけど、おっさんは…」
「少しイイ身体をしてるなァと思っただけじゃないですか!」
「変態さんか、お前は。 おっさんの身体にトキめくな」
支給服が置いてあるようで、それを着るとジャンにも渡してきた。
男同士なので別に下着姿を見たところで何てことはないはずなのにジャンは目を逸らす。
それから自分も渡された服に着替えることにした。
「宿直って、何かするんですか?」
「いや? お偉いさんに何にもなければ、此処で寝るだけ」
「こんな部屋着でですか?」
「基本的に何にもないし、小さいことは気にすんな。
駐屯兵団だって、酒とか飲んでんだろ? あれと似たようなもんだ」
意外に好い加減なんだな思いながら、ジャンはソファにチョコンと座る。
ベッドは1つしか用意されていないことに気付いて、ジャンは顔が熱くなるのを感じた。
一緒のベッドで寝ることになるのだろうかと慌てた様子で俯く。
それに気が付いたのかナイルは小さく息を吐いた。
頭をポリポリと掻いて、ジャンの頭をワシャワシャと撫でる。
「お前はベッドで俺はソファな」
「はい?」
「だから、寝るときは俺がソファを使うからって言ってんの」
「ダメに決まってるでしょ! 師団長にソファで寝させることなんか出来ないです」
「おっさん、此処のベッド嫌い」
まるで駄々っ子のような台詞を言うとナイルは部屋を出て行った。
相変わらず、自分は子ども扱いばかりされている。
確かにナイルから見れば、自分なんか子どもにしか過ぎないのだろうけど…。
自分から強引にキスをしたこともあるのにナイルの態度が変わることはないのだ。
未だに恋愛対象にすらなってない自分が少しだけ情けない。
ナイルの言動に一喜一憂してしまうのは自分だけ。
「食糧庫から、かっぱらってきたぞー」
「は?」
「見てみろ、肉とかあんだぞ! おっさん、かっぱらってきたの凄くね!?」
「いや、師団長のすることじゃないでしょ」
「喜んでくれると思って、かっぱらってきたのにショック」
実際に会話をするまで、こんなに親しみやすい人だとは思ってなかった。
真面目で融通の利かない上官だと思っていたからだ。
しかし、会話をしていく度にナイルの親しみやすさに好感を抱いた。
「パンもチョロまかしてきたし、おっさん特製のサンドイッチを作ってあげよう!」
「師団長を名乗る人がすることとは思えないことをしますよね」
「んー、師団長である前におっさんは人間だからな」
この人に好感が持てる理由の1つだ。
調査兵団にいる人間にはない人間臭さがナイルにはある。
エルヴィンやリヴァイに人間性がないわけではないが、何処か常識から外れているような気がした。
そんな人間に囲まれているせいか、ナイルと一緒にいる時間は安心できる。
簡易キッチンでサンドイッチを作っているナイルの後姿を眺めた。
『うー、抱き付きたい』
今は絶対に邪魔になると思いながら、ジャンは何とか抱き付きたい欲望を押さえ込む。
皿に盛り付けられたサンドイッチは男の手料理と思わせるものだった。
繊細さは微塵も感じられないが、美味しそうに出来ている。
「ホラ、食え!」
「あれ? ナイルさんのは?」
「おっさんのは『コレ』だけど?」
「野菜ばっかじゃないですか! 俺のに肉を入れすぎなんですよ!」
「おっさん、胃もたれするから肉系は少しでイイんだって!
調査兵団の人たちみたいにガツガツと食えないし、おっさんは繊細だから!」
野菜が多めのサンドイッチを口にして、ナイルはジャンにも食べるように勧めた。
こんなに肉を食べたの久し振りかもしれないと思いながら咀嚼する。
見た目はイマイチだったが、味は美味しかった。
食事が終わるとナイルは適当に食器を片付けてからソファに座る。
先程まで我慢していた欲求に駆られて、ジャンはナイルの身体にギュッと抱きついた。
「うおッ、マジでビックリした! どうした?」
「甘えたい年頃なんです…」
「さっき『存分に甘えろ』とか言ったからなァ。
おっさんで良いなら、好きなだけ甘えろ…」
「ナイルさんじゃないと嫌です」
笑いながら「可愛いことを言うんだな」と頭を撫でられる。
ナイルの着ているシャツからは清潔感のある洗剤の匂いしかしない。
支給服のため、自分も同じ匂いがするんだろう。
「コラ! お前は犬か!」
シャツではナイルの匂いが感じられなかったので首筋辺りに顔を埋めてみた。
それは間違いなくナイルの匂いでジャンは抱き締める腕に力を込める。
振り解くこともせずにナイルは「今日は随分と甘えただな」とジャンの身体を抱き締めた。
久し振りに好きな人に会うのだから当然のことだと思う。
ナイルに触れているだけで軽く息が上がり、ジャンは首筋や耳にキスを繰り返した。
両手でナイルの頬を挟んで目元や額などに何度もキスをする。
しかし、唇にしようとするとナイルは口元を隠した。
「唇のキスはダメだ」
「何で?」
「おっさん、感情の伴わないキスはしたくないから」
「俺じゃ、ダメなんですか?」
「ダメ」
断られるとは分かっていたけれど、こんな風に完全に拒否をされると辛い。
泣きたくなんかないのにジャンの目には涙が溜まり、それがポロポロと零れてくる。
自分が勝手に好きなだけでナイルは自分に付き合ってくれているだけ。
この人の特別になることなんか出来ないのに諦めることも出来ない。
絶対にナイルを困らせていると分かって、必死に涙を止めようとしているのに人の心は裏腹だ。
せめて、涙を見せないようにとジャンは抱き付いていた腕を解く。
「スイマセン、調子に乗りすぎました。 俺、ちゃんと分かってますから。
ナイルさんが誰よりも奥さんや子どものことを大事に思っているの分かってます」
「こっち向け」
「今、酷い顔してるんで勘弁してください」
「イイから! こっち向けって言ってんだよッ!」
滅多に声を荒げることのないナイルにビックリしたジャンは思わず顔を上げてしまう。
近くにあったタオルを口元に押し付けられて、何事かと思っていたときだった。
タオル越しにではあるが、ナイルが唇を重ねてくる。
唐突なことにジャンは目を見開いたが、ナイルはタオル越しでもキスをしてくれていた。
実際に唇は触れていないけれど、タオル越しの柔らかさと体温を感じることが出来る。
ナイルの首に腕を回すと少し角度を変えられた。
「んッ…ふ…」
タオルに唾液が滲みこむのが分かる。 もどかしいキスでも構わない。
この時間が永遠に続けばいいとさえ思ってしまう自分は浅ましいと思った。
唇が離れる頃にはタオルの一部だけが唾液で濡れている。
「悪かった」
唇が離れると視線を逸らしたナイルが口にした言葉は謝罪だった。
その言葉が引っ掛かって、心の中がモヤモヤとする。
気まずさのせいなのかナイルは毛布を取り出すと「寝るぞ」とだけ告げた。
『謝られるようなことしてないのに、何で「悪かった」なんですか?』
聞きたくても聞けない雰囲気でナイルはソファに毛布を被ってから寝転がる。
その姿を眺めてからジャンはベッドのほうに足を向けるしかなかった。
小さく「明かり、消しますね」とだけ言うとジャンのほうを見ずにナイルは「ああ」とだけ告げる。
明かりを消してからジャンはナイルから譲られたベッドに寝転んだ。
先程の謝罪の意味を考えても答えは出ずに、疲れていたせいか直ぐに眠りに就くことにする。
意識が遠のきそうになっているときに何かが聞こえた気がした。
「何も捨てられない俺でゴメンな」
唇に何か温かいものが触れたのを感じたが、それが何か分かる前に眠りに落ちた。
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