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104期のメンバーの10位以外の女子は卒業義務を受けた。
卒業義務を終えた女子は『身体』が武器になり、私は『心』が武器のまま。
最前線で戦ってみた感想は『恐怖』だけだった。
それでも自分が決めた道なのだからとジャンは必死になって生き抜いた。
我武者羅に強くなることだけを考えて…。
「ジャン・キルシュタイン」
エルヴィンに呼ばれたジャンはブレードを鞘に仕舞い、敬礼の体勢をとる。
余り抑揚のない言葉で「君に任務がある」とだけ言われた。
敬礼の姿勢を崩すとエルヴィンに差し出された任務書を見遣る。
とうとう来たのかと思っただけで動揺も何もしなかった。
任務書を受け取るとエルヴィンは意外そうな表情を浮かべる。
「良いのかい?」
「任務なのでしょう?」
上官からの命令を拒否することなど出来るわけがない。
それが成績優秀者であったとしても選んでなどいられないのが現実。
小さく息を吐いたジャンは食堂へと足を向ける。
何時ものメンバーが揃っている中で少し遅くジャンは合流した。
こうして他愛ない会話で笑い合っているときが幸せなんだと感じる。
「そういや、さっきの何だったんだ?」
「任務」
それだけ言うとジャンはエルヴィンから受け取った任務書を見せた。
任務書を見せた瞬間に皆の顔が強張ったのに気付く。
サシャは少し困惑した表情を見せていた。
「ジャン、これって…」
「慰安」
淡々と答えたジャンに対して、サシャは「そうですよね」と呟く。
今回の任務は戦場に赴く男ための慰安婦としての同行だった。
何れはあるだろうと思っていたが、意外にも早かった。
他の面々も掛ける言葉が見つからないのか黙ってしまう。
苦笑いを浮かべたジャンは任務書を折り畳んでポケットに仕舞った。
「あの、大丈夫ですか?」
「別に好きな男がいるわけでもないし、誰としても同じ」
「結構、割り切ってるんですね」
「割り切れないと生き残っていけないから」
卒業義務で大半の女子が経験をしていることなのだ。
処女を好きな相手にあげたいなんて、訓練生になったときから考えていない。
生き抜くために必要なら、この身体を使うことも仕方がない。
「相手がリヴァイ兵長とか笑える」
人類最強と世間で謳われている男が新兵の自分を指名するとは思わなかった。
あの容姿なのだから女に困ることは絶対にだいだろう。
彼の慰安婦になりたい女は多いのではないだろうかとさえ思った。
別に自分を美人だと思ったこともないジャンは自嘲気味に笑う。
ただの気紛れなのか、それとも処女が好きなだけなのか。
どうでも良いかとジャンは食事を口に運んだ。
「ジャ、ジャン…」
「ん?」
食事中に肩をサシャに叩かれて、何かとサシャの顔を見遣る。
サシャたちのの表情は強張っており、サシャはジャンの横を指差していた。
視線を向けると調査兵団・兵士長のリヴァイが立っている。
「食事中に悪いな」
「いえ、任務のことについてですか?」
「ああ…」
食べ切れなかった分はサシャに渡して、ジャンはリヴァイに同行した。
初めて訪れるリヴァイの執務室に足を踏み入れる。
驚くほどに自分の心と頭は冷静だった。
近くにあるソファに座れと言われたので素直に腰を下ろす。
リヴァイは紅茶を用意して、それをジャンの前に置いた。
それから対面にあるソファに腰を下ろす。
「…任務のことは聞いているか?」
「はい、次の壁外調査のときに同行するようにと聞いています」
「文句はねェのか?」
「団長も兵長も不思議なことを尋ねるんですね。
これは任務であり、承諾するのがオカシイですか?」
「…初めてであっても、か…?」
「そんなに乙女チックな感情は抱いていません」
淡々と答えるジャンにリヴァイは少し驚いたような表情を浮かべた。
小さく「失礼します」と断ってから、紅茶に口を付ける。
わざわざ砂糖まで入れてくれたのかとジャンは思った。
「本当は別の奴だったんだが、変わってもらったんだ…」
「任務書に訂正がありましたから、そうだったんでしょう。
私は美人の部類には入らないと思いますけど、随分と物好きなんですね」
クスッと小さく笑いながら、ジャンは温かい紅茶を口に含む。
この甘く仕上げられた紅茶は口に合う上に美味しい。
リヴァイが立ち上がったのを気配で感じた。
足音が近付いてくるのを不思議に思ったジャンは少しだけ顔を上げる。
思いの外、リヴァイが近くになっていたことにビックリした。
「…渡したくなかったんだ…」
「何を、ですか?」
「テメェを他の男に取られるのは嫌だったんだ」
紡がれる言葉はジャンの予想を超えるものだった。
カップをテーブルに置くとリヴァイはジャンの身体をギュッと抱き締める。
自分が思っているよりも逞しい身体をしているんだなと他人事のように考えた。
「私には心が伴いませんけど…」
「伴わせてやるよ、俺の手でな…」
「殆ど喋ったことありませんでしたが、随分とお喋りなんですね」
「俺は元々結構喋る」
意外だなと思いながら、ジャンはリヴァイの体温を感じている。
人の鼓動を心地良く感じたのは何時以来だろう。
それからリヴァイの言葉の意味を考えた。
危険な任務を引き受けてまで自分を同行させたかったのだろうか。
自分のことが好きなのだろうかと思ったが、それは流石に自意識過剰だ。
「どうして、私なんでしょう?」
「あ?」
「そんなに私の処女が欲しかったんですか?」
抱き締められながらも淡々とした口調でジャンは尋ねる。
その言葉にリヴァイの腕に力が篭るのを感じた。
流石に苦しくなってきたので「苦しいです」とだけ告げてみる。
「好きな奴と一緒にいてェと思うのはオカシイか?」
悪い冗談だとジャンは苦笑いを浮かべた。
殆ど喋ったこともないのに彼は自分の何を知っているのだろうか。
これ以上は話しても無駄かもしれない。
「兵長は私の何を知ってるんです? 私は兵長のことを殆ど知りません」
「知らなきゃ好きになることはないのか?
それに知らなきゃ、知っていけば良いだけの話しじゃねェのか?」
「これ以上は水掛け論ですね」
リヴァイの言葉に一理あるとは思うが、今のところは興味がない。
ただでさえ、生き抜くのに必死だというのに色恋など持っての他だ。
ジャンは「訓練の時間ですので」とだけリヴァイに告げた。
やっと腕を解かれて、ジャンはリヴァイの顔をジッと見つめる。
この目からは何も読み取れない気がして、ジャンはソファから立ち上がった。
「任務には同行します」
「…ああ…」
「紅茶、美味しかったです」
それだけ言うとジャンは訓練のある広場へと足を向けた。
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