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1.本気じゃないと知っていた
最初から分かっていたことで、それでも俺は『あの人』との関係を望んだ。
この恋は余りに不毛な関係で成り立っている。
でも、俺は離れることが出来ない。
「煙草、止めたんじゃなかったでしたっけ?」
情事の後に隣で煙草を燻らせているナイルさんの姿に見惚れた。
俺はナイルさんが煙草を吸っている姿が好きだ。
だって、俺の前でしか吸わないから。
以前は吸っていたらしいが、奥さんが妊娠してからは禁煙したそうだ。
世間でも『百害あっても一利なし』と言われるものだ。
子どものためにも禁煙したほうが良いと判断したのだろう。
「お前の前では別」
そういった何気ない一言だけで俺の心が満たされるって知らないでしょ?
奥さんにも見せることのない姿を俺の前だけでは見せてくれる。
少しだけ『特別』なんだって、そう思ってしまうから。
「美味しいんですか? 煙草って」
「ん? 全然、美味くない」
「それなのに吸うんだ?」
「お前みたい…」
ナイルさんの言葉に俺は意味が分からなくて、首を小さく傾げた。
短くなってしまった煙草を灰皿に押し付けると火を消す。
その姿すらも様になっていて、自分から見るとナイルさんは『大人』なんだと思い知る。
まだ気怠い情事の感覚に俺は全裸で布団に包まっていた。
そんな俺の腕をベッドに拘束するとキスをされる。
『苦ッ…! 煙草って、こんな苦いのかよ…』
今まで煙草を吸った後のナイルさんとキスなんてしたことがない。
だから、初めて知る煙草の味に俺は少しだけ表情を顰める。
唇が離れるとナイルさんは小さく笑った。
「不味かったろ?」
「不味いというよりも苦かったです」
これが『俺みたい』とか、どういうことなんだろう?
俺が不味いってこと? それとも苦いってこと?
ナイルさんの考えていることは俺には全く分からない。
当の本人は二本目を箱から取り出して、それを咥えてから先端に火を点けている。
ゆらりと立ち上る紫煙を俺は寝転びながら、ただ眺めているだけだった。
何だか狼煙みたいだなんて、思ったりしながら…。
「煙草が何で『俺みたい』なんですか?」
「ん?」
「さっき、そう言ったでしょ?」
「なくても生きていけるけど、あると何だか心が落ち着く。
止めたいと思ってても何でか止められない、お前との関係みたい」
俺はナイルさんが煙を吸い込んで、吐き出している姿を眺めているだけ。
この人にとっての『俺という存在』はあってもなくても良いもの。
なければないで問題はなく、あれば刺激があるだけの存在。
本気じゃないと知っていた。
それなのに、どうして心が痛くなるんでしょうね?
人間の心って不思議だなと思ってしまう。
最初は『俺を見てくれるだけで良い』とか思ってたのに。
「俺はナイルさんにとって、嗜好品なんですかね?」
「随分と自分を卑下するんだな」
いやいや、そう言わざるを得ないでしょ。
本気じゃないって知ってるし、本気になってくれることもない。
分かっているのに止められないんですよね。
蜘蛛の糸のような細い糸だとしても俺は繋がっていたい。
こんな不毛な関係でも俺は傍にいたい。
好きなんだって、そう思う。
「もう一回、キスしてくださいよ」
「ん? 苦いぞ?」
「良いですよ、してるうちに慣れるでしょ?」
俺の言葉を聞いて、ナイルさんは煙草を灰皿の縁に置いた。
先程と同じようなキスを繰り返す。
口の中に何とも言えない苦い味というか匂いというか分からないものが広がった。
苦いキス。
それを感じることによって、俺は少しだけ優越感に浸ることが出来た。
奥さんが知らないナイルさんとのキスの味だから。
俺だけの特権。
「このキスに慣れるまで、何度もキスしてください」
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2.たったひとつの約束もない
普通の恋人同士だったら、次に会う約束くらい簡単に出来る。
でも、そんな簡単な約束すら俺には出来ないんだ。
歯痒いって思うこともあるけど、仕方ないと思うしかない。
相手は違う部隊で師団長という肩書きを持っていて、妻子もいる人なんだから。
顔が見れると運が良い、声が聞けると心が弾む、抱き締められると幸せ。
こんな恋なんか止めてしまえれば良いと何度も思った。
「久し振り」
でも、この声を聞くだけで無理なんだ。
俺の中の細胞が『この人が好きだ』と叫んでるように思う。
声を掛けられた俺は周りに人がいないことを確認してからナイルさんに抱きついた。
「声が聞きたかった、逢いたかった、触れてほしかった…」
その俺の言葉を聞いたナイルさんは俺の身体を強く抱き締めてくれる。
身長は同じくらいなのに身体つきは全く違った。
ガッシリとした身体に抱き締められると安心してしまう。
正確に言うとガッシリとした身体に抱き締めらることに安心するわけじゃない。
この人の腕の中にいるということで安心が出来るんだと思った。
肩口に顔を埋めるとナイルさんの匂いが鼻を掠める。
「よく戻ってきたな」
壁外調査は常に死と隣り合わせで今回の調査でも被害はあった。
それでも俺は悪運が強いのか生きて、壁の中に戻ってくることが出来た。
あやすようにナイルさんは俺の背中を何度も撫でてくれる。
「おかえり」
言葉というものは不思議なもので、こんな短いものでも俺を幸せにしてくれる。
ナイルさんの発した言葉に俺は「ただいま」とだけ返すだけ。
些細な言葉の遣り取りを出来るだけで俺は良い。
この人の最も大事な人になりたいなんて思わない。
他の誰よりも愛してほしいなんて思ったりもしない。
ただ、俺の存在を覚えてくれているだけで良い。
「悪いな、もう時間がない…」
「はい…」
王都を中心として、王族などの警護をしている憲兵団。
その中でもナイルさんは師団長という肩書きがあるので忙しいのは知っている。
だから、こんな風に会えても数分だけということも多い。
「じゃあな」
「はい」
それだけ言うとナイルさんは長い廊下を歩いていく。
遠ざかる後姿を眺めるのも慣れてしまった。
辛いとか哀しいとか思うこともない。
だって、これは仕方のないことなんだと分かっているから。
抱き締めてもらっただけで俺は幸せを感じる。
ちゃんと俺のことを抱き締めてくれたって。
「何時、今度は逢えるかな…」
知らない間に俺たちの関係には暗黙のルールが出来ていた。
調査兵団で壁外調査に行く俺と憲兵団の師団長として激務をこなすナイルさん。
こんな偶然でしか会うことができないから。
俺たちには、たったひとつの約束もない。
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3.甘い刹那をもう一度だけ
この人と交わすキスは苦いけど、とても甘く感じる。
情事の後に煙草を燻らせているナイルさんにキスを強請ればしてくれる。
最初は苦いと思っていたキスなのに今では甘いとすら感じた。
キス自体は苦いと思うけど、心が蕩けてしまいそうなほどに甘い。
だから、煙草を吸った後のナイルさんと交わすキスが好きになった。
ナイルさんの首に腕を回した俺は「もっと」と甘えた声で強請る。
「んッ…」
この苦くて甘いキスを交わしているときは何もかもを忘れることが出来る。
残酷な現実とか過酷な状況とか忘れて、ナイルさんのことだけしか考えられなくなった。
キスだけじゃなくて、セックスをしていても同じ。
「はッ…んぅ…!」
現実逃避してるんだってことくらい自分でも分かっている。
今の人類が絶望的で明るい未来がないかもしれない。
だから、好きな人と一緒にいる時間くらいは何も考えたくないのは当然。
何度もキスを交わして、そのまま俺はベッドに身体を倒した。
首を回されているナイルさんは道連れのように俺の身体の上に圧し掛かる格好になる。
少しだけ唇を離すと吐息を感じることの出来る距離。
「もう一回、しましょ?」
「発情期かよ、お前は」
呆れたように言うけれど、ナイルさんの優しさを俺は知ってる。
こんな風に誘ったら、俺の誘いを断らないって分かってた。
だから、深くキスをされても驚かない。
「あッ…ん、はッ…!」
こういう風に俺が誘ったときは激しく俺を抱いてくれる。
何時もの優しさのあるセックスじゃなくて、快楽で頭が真っ白になるくらいに激しい。
そんなセックスを望んでるから強請ったんだけど…。
荒々しく俺を抱くナイルさんの額から汗が滲んだ。
その汗は頬を伝ってから、顎まで伝ってくる。
快楽に溺れながら、オスの顔をしてるナイルさんの顔を見つめた。
「ふあッ…! あぁ、あぁああぁああッ…!」
俺よりもナイルさんのほうが俺の身体のことを知ってると思う。
気持ち良いところを突かれて、声が自然と大きくなった。
ペニスは痛いほどに張り詰めていて、ナイルさんが動く度に擦れて気持ちが良い。
「あうッ…! イッちゃうッ…! ひゃあぁああぁあんッ!」
性経験が少ないせいか俺は直ぐに達してしまう。
俺がイッても中に入っているナイルさんのペニスは勃起したまま。
イッたばかりでも俺の身体を何度も突き上げてくる。
敏感になってる俺の身体は、ナイルさんの突き上げに反応する。
ナイルさんの背中に腕を回して、その逞しい身体に自分の身体を密着させる。
忘れないように、この体温も匂いも逞しさも…。
最期を迎えるときに必ず思い出せるように自分の身体に刻み付ける。
調査兵団にいるほうが死ぬ確率は高いんだから。
だから、甘い刹那をもう一度だけ…。
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4.それでも愛している
こんな報われない恋は止めてしまえば良いと何度も思った。
相手は何よりも家族を大事にしている人で俺を一番に考えてくれる人じゃない。
良いように利用されているだけって見えるかもしれない。
実際に利用されているだけなのかもしれないけど。
ただ、俺の気持ちが全く変わらないんだ。
あの人のことが好きで好きで仕方ない。
「また憲兵団に行くのかよ?」
非番の日に王都に行こうとした俺を呼び止めたのはエレンだった。
その言葉を無視して、厩のほうに足を向けたとき。
エレンに思い切り腕を掴まれる。
「何だよ、離せ…」
「離すかよ! アイツのところに行くつもりなんだろ!?」
掴まれている腕が痛くて、俺は少しだけ顔を顰めた。
それにも拘わらず、エレンは俺の腕を掴んでいる手に力を込める。
俺が誰と何をしようとコイツには関係のない話。
今から王都にある憲兵団に行こうが、コイツに迷惑が掛かるわけでもない。
振り解こうと腕を動かしてもエレンは手を離しそうになかった。
「俺が誰と何処で何をしようが、テメェには関係ないだろ」
「家族がいるような男なんだぞ!」
「だから?」
「これ以上、深入りすると傷付くのはお前だろ?」
そんなことを言われても『今更』としか思えないんだけど?
俺が好きで勝手に続けている関係でナイルさんは俺との関係を止めても良いと思ってる。
切ろうと思えば、簡単に切れるような関係なんだよ。
「傷付くことのない恋愛なんかないだろ」
どんなに順風満帆に見えても誰かが何処かで傷付いているんだ。
人を好きになるということは、傷付く覚悟ができてるっていうことだと俺は思う。
だから、俺は今でもナイルさんのことが好きだ。
好きなんていう言葉では足りないくらい。
「そんな不毛な恋は止めろよ…!」
「お前には関係ない」
「大有りだよ! お前の傷付く姿を見たくないんだから!」
「じゃあ、見んなよ」
それだけ言うと俺は王都へと馬を走らせた。
会えるなんて分からないし、約束をしているわけでもない。
こんな風に王都に出向いてもナイルさんに会えずに帰ることも少なくはない。
「あ…」
憲兵団の兵舎の前で見つけたナイルさんの姿に声が洩れる。
そして、その前には綺麗な女の人がナイルさんに何かを渡していた。
直感でマリーさんだと分かる。
俺の前では見せることのないような幸せに満ち溢れた表情。
あんなに綺麗な奥さんがいれば、幸せなことに間違いがないだろう。
手を振ってから兵舎を去っていくのを見て、俺はナイルさんのほうへと相場を引き連れる。
「こんちわ」
「おう、今日は非番か?」
「それは奥さんからの差し入れ?」
気まずそうな顔してるのを見てから言うべきじゃなかったかなと思った。
ナイルさんが一番大事にしてるのがマリーさんって、ちゃんと俺は分かってるよ?
家族が大事で必死に守ろうと憲兵団で働いてるのも知ってるよ?
だから、そんな顔しないでほしい。
俺が勝手に好きで関係を続けてるだけでナイルさんは何も悪くない。
寧ろ、俺が悪いんだよ。
「ナイルさん」
「ん?」
「ゴメン」
謝罪の言葉の意味が分からなかったのかナイルさんは首を傾げていた。
いきなり謝られても意味なんて分かるわけないよな、普通に。
俺は何でもないように笑ってみせた。
離れていかない奴でゴメンナサイ。
ナイルさんのことを困らせるようなことをしてばかりでゴメンナサイ。
この他にも謝罪することなんか腐るほどある。
それでも愛してる。
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